日本においてクラシック音楽はなぜBGMから抜け出せないのか?

日本におけるクラシック音楽の扱われ方

例えば、クラシック と Youtubeで検索して見てほしい。

すると、クラシック ピアノ とか クラシック 名曲 とか、 睡眠とか、作業用とか色々出てくるが、ほとんどがBGMとしてクラシック音楽を聴きたいユーザーが非常に多いことがわかる。

 

 

 

 

 

クラシック音楽、と検索すると、ようやくモーツアルト、ショパンという有名な作曲家の名前が挙がっている。しかし、これもBGMとして聴き流す人が多いだろう。

しかし、例えば、Jpopがめちゃめちゃ好きな人が、Jpop 名曲 などと検索するだろうか??

きっと、米津玄師 レモン のように、固有名詞を入れて検索するだろう。(たまたま思いついたw)

クラシック音楽において、このように固有名詞で検索できる人の割合が、日本においてはめちゃめちゃ少ないのである。

なぜか広まらないクラシック音楽に対する理解


つまり、「クラシック音楽」の良さを理解している人が少ないのである。

それはなぜか。

日本の文化ではないのは理由の一つであるが、大きな理由は、日本社会がクラシック音楽をあまりプロモーションしないからである。

日本企業やテレビ、メディアがもっとクラシック音楽をプロモーションし、その良さを伝えようとすれば、少なからず人気が出るに違いない。

なぜ、プロモーションしないのか。

これは悪循環で、影響力のある人が、クラシック音楽の知識が極めて乏しいからである。

なぜこのような状態になってしまったかというと、クラシック音楽で食べていけている人たちは、いわゆる「お金持ち」が多い。(というと怒られるのだが)

「お金持ち」はそのコミュニティで楽しくやっていればよく、真剣に「音楽の普及」について考えていない。(人が多い)

だから、クラシック音楽=高尚である というイメージがついているが、本当はそんなことないのである。

やろうと思えば、楽器も数万円で買えるし、いまはネット社会だから動画教材なんてものもある。

音楽は、「万人」のものなのである。

クラシック音楽が何が良いかわからない、という人にこそきてほしいEinmal の演奏会

クラシック音楽の良さは、私は、「言いたいけど言えない気持ち」や「伝えたい気持ち」を表現できることだと思っている。

つまり、言葉にできない微妙な気持ちを音楽にのせることで、表現しているのである。

だから、受け取り方も人それぞれだし、それでいい。

日本のそこらへんの歌との大きな違いは、「言葉にしていない」ことである。

言葉であれば、解釈は言葉に拘束される。(もちろん、クラシックにも歌曲はあるが)

しかし、クラシック音楽は違う。

作者の気持ちももちろんのこと、奏者の気持ちも感じることができるのである。そして、その表現は、そのコンサート一回きりのものである。(二度と同じ演奏はできないのだから)

だから、絶対に「なま」で聴いてほしい。

「音楽の一回性」の美しさ、を、ぜひコンサートで体感してほしい。そうすればきっと、もっとクラシック音楽のことを好きになるに違いない。

コンサートのお知らせ

こじんまりとカフェで聴いてみたい方はこちら(名曲喫茶ミニヨン)

ホールの音響に酔いしれたい方はこちら(杉並公会堂小ホール)

 

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